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道南

あずまや 東谷農園 東谷 弥生 さん 【厚沢部町】

「母の味・育てた作物を大切にする心や知恵」がヒントに

1967年生まれ、厚沢部町出身。北海道総合美術専門学校を卒業後、1988年に東京都内の版下製作会社に入社し、1990年にパッケージデザイン会社に転職。その後、札幌市内の会社で同様にパッケージデザインに従事し1997年に退職。1999年に帰郷して実家の農業を手伝う。

※写真・・・東谷さん(右)と母の静子さん

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きっかけ
 実家の直売所を手伝い始めた当初、何か特色を・・・と思い、海外で買った種で珍しい野菜を育ててみたり、レシピを付けたり、野菜の栄養成分を調べたりと色々試しましたが、近郊のスーパーでも新鮮な地元野菜が並ぶようになると客足は減り、ただ野菜だけ売っていることに限界を感じるようになりました。まず、売り切れない生野菜を干すことからはじめ、数年後、農業改良普及センターの方にご協力いただきながら加工施設を作り、母の得意な味噌やこうれん(干し餅)など、田舎の農家の味を手づくりしています。
苦労
 加工用の原材料の作付けが増えてきているなか、作物を無駄なく利用するだけでなく、原材料を生産する農家としても、しっかりと利益につなげる工夫が必要だと実感しています。また、天候不順により予算どおりに野菜が育たないことも多く、充分な原材料の確保が難しくなってきました。安定した経営のため、様々な状況を想定しながら、商品をひとつひとつ手づくりする手間をどう価格に反映させるべきかいつも悩んでしまいます。一人でできる仕事量の限界も感じているところで、働き方や売り方を見直す時期なのかもしれません。
満足度
 最後はゴミになってしまうパッケージを作り続けることが空しくなり、何か残るものを丁寧に作る仕事がしたいとの思いで地元に戻りましたが、家業を手伝っているうちに気が付けば自ら商品づくりをし、デザインの重要性を再認識させられています。本当にこれで良かったのか分からなくなる瞬間もあります。でも、家族に必要とされ、私の好きなように、思い付くまま、いろんな挑戦をさせてもらえることに感謝しています。迷ったり失敗しながらも、お客様の「おいしい!」の声に励まされ、予想外の展開を楽しんでいきたいと思います。
これから
 母に昔の話を聞くと、ほんの数十年前のこととは思えない程不便な生活の中で工夫し、手間をかけ、育てた作物を加工・保存していたそうです。そしてその方法がちゃんと理に適っていることにも驚かされます。我が家の商品の基本はそんな母の味なのですが、流行りの味がどんどん入れ替わる中、昔ながらの味の根強い人気にも正直驚いています。新しい商品を作り出す楽しさもありますが、まずは古くから伝わる地元の味を自分のものにして、無添加・手づくりにこだわりながら、次につながるような工夫をしていきたいと思っています。
  • 東谷さんイメージ1
  • 東谷さんイメージ2

北の☆女性たちへのメッセージ

女性だからこそ知識も資金も無かった私でも、日々の暮らしの経験を生かしながら今こうして加工を生業としていられるように思います。田舎でも、女性でも、たとえひとりでも、必死にもがいていると誰かが気付いて助けてくれたり、背中を押してくれるようです。

取材年月日:
2016年11月25日