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道央

民宿きのえ荘 女将  池本 美紀さん

子育てと女将を両立させながら神恵内の魅力を発信

1977年生まれ、神恵内村出身。岩内高校卒業。銀行勤務を経て、結婚後、夫とともに民宿きのえ荘を開業。「きのえ」は祖母の名前が由来。二人の子どもの子育てをしながら、女将、神恵内村魅力創造研究会のメンバーとして活躍中。

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きっかけ
 3年ほど前に、友人6人で神恵内村魅力創造研究会を作りました。みんな、神恵内村が大好きで、これまでのように「村に何かをしてもらう」のではなく、「自分たちが何かをしよう」とスタートしました。とりあえず、無料で宣伝できるフェイスブックを利用し、当初は1か月100人の「いいね」、次に、村の人口の950人を目標にしてきましたが、今では1,500人を超えています。とにかく「神恵内」という名前を知ってもらうために、開設以来、毎日更新しています。
苦労
 村のことを知ってもらいたい、もっと観光客に来てもらいたいと思っていますが、どんどん人口が減少していく中で、神恵内村だけ単独で何かをやるという時代ではないと思っています。後志地域には、ニセコ地区はじめ、山と海の素晴らしい観光資源があります。他の地域と連携し、「つながる」ことで、神恵内村を押し出していきたいと思っています。女将としては、小学生と2歳の娘の子育て真っ最中で、下の子どもをおんぶしながら厨房に立つこともありますが、これも一時の事と思い、頑張っています。
満足度
 神恵内村のことを、たくさんの方に知ってもらいたいと活動していますが、埋もれつつある、郷土の文化伝承にも取り組んでいます。神恵内村は昔、陸の孤島と言われ船が主な交通手段でした。当時は、肉の入手が困難で貴重なタンパク源として、カレーライスにはサクラマスを入れて食べていましたが、今では、逆に珍しくなっています。そのサクラマスカレーの普及と、村独自の歌詞と振り付けのある「神恵内音頭」の伝承のため、盆踊りの復活にも取り組んでいます。盆踊りの復活は、子どもたちだけではなく村の高齢者の方々にも好評です。
これから
 神恵内村には、港で揚がる海産物を買える場所がありません。観光客も、他の町で買ってきた食材、飲み物を神恵内村に持ち込んで宿泊するという現状です。今、村の資源や商品をもっと知って頂き購入してもらえる手段はないかと検討しています。民宿としては、2004年の台風18号で被災し、一時、この商売を続けるかどうかで悩みましたが、縁があり現在の場所に移転し、周囲の応援も受けながら現在に至ります。後志地域に来るたくさんの観光客の方に、少しでも神恵内村まで来て頂く受入れ態勢や仕組みが出来ないかと思っています。
  • 池本 美紀さんイメージ1
  • 池本 美紀さんイメージ2

北の☆女性たちへのメッセージ

大変な時は一時だけ。大変な時、辛い時が、永遠に続く訳ではありません。私は、周りの方々に助けられ、子育てと女将業を両立させていますが、辛い時期が過ぎれば、また、違う景色が見えてくる、そう思って笑顔を忘れず頑張っています。

取材年月日:
2016年2月17日