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十勝

紫竹ガーデン オーナー 紫竹 昭葉さん

少女の夢、多くの人に幸せを運ぶお花畑に

1927年生まれ、帯広市出身。宮坂建設工業創業者・宮坂寿美雄さんの次女として育ち、20歳の時に同社の社員だった紫竹勲さんと結婚。1983年に勲さんが死去。その後、帯広市郊外に1万8,000坪の農地を買い、1992年に紫竹ガーデンを開園する。

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きっかけ
 56歳の時、最愛の夫・勲が亡くなりました。とても悲しくて泣いてばかりの毎日でした。ある時、長女の和葉から「お父さんは太陽のようなお母さんが大好きだったでしょ。泣いてばかりでいいの?」と言われました。「あぁ、そうだ」と思い、考えました。「残りの人生で何ができるだろう」と。浮かんだのは「子どものころ大好きだったお花畑を作ろう」でした。でも、若くない、経験もない、お金もないの「ないないづくし」なので、みんなは猛反対。そんな時、和葉の夫の毅さんが「夢を持つのはその人だけの才能。誰も止めることはできない」と説得してくれたんです。
苦労
 購入した土地は農地でしたが、耕作放棄地のため、雑草と石が多く大変でした。でも土地をお世話してくれた方に「初代は苦労して物事を成すものだよ。あなたは初代でしょ」と言われ「なるほどな」と思いました。庭をどうやって作るのかも分かりませんでした。そんな時、友人がイギリスでガーデンデザインを学んだ奥峰子先生を紹介してくれました。庭の設計を引き受けていただき、これが紫竹ガーデンの出発点になりました。また、庭の造成工事も「勲さんには大変お世話になったから」と、地元の建設業者の方が協力してくれました。
満足度
 オープン当時は年間2,000人ほどのお客様でしたが、今では10万人を超える方が来てくれます。本当にありがたいですね。夢のようです。お花畑を訪れた方は「幸せな気持ちになる」「すごく癒やされる」と言ってくれます。「自分も、そしてみんなも幸せになるようなことをしよう」と考えて、この庭を始めました。野原のような庭は、四季折々の表情を見せてくれます。春の息吹、夏の躍動、秋の実り、そして冬の静けさ。訪れる方に少しだけ幸せを提供できているのかな、と考えると、この庭を作って本当に良かったな、と思います。
これから
 今は長女夫婦と孫たちが力を合わせて一緒に紫竹ガーデンを支えてくれます。私は、毎朝4時頃には起きて、庭をぐるっと回って雑草を取ったり、植え替えをしたり、虫を取ったりします。夢中になって夜の7、8時になることもしょっちゅうあります。でも、庭の仕事が大変だと思ったことは一度もありません。庭にいることが大好きですし、疲れなんて全然感じません。この庭には今までに多くの方が訪れていただきました。でも、もっとたくさんの方に来てほしい、もっと喜んで幸せになってほしい、そう思うと庭づくりには終わりはありませんね。
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北の☆女性たちへのメッセージ

こんなことをしたい、でもできるかな、と悩んでいる方へ。自分に魔法をかけなさい。「できる」「やれる」って。人生は楽しいもの。つらいこともあるけど、そんな時はできる人が助けてあげなきゃね。私もいっぱい助けてもらったのよ。人と仲良くしていれば、手をさしのべてくれる方はきっといるから。あきらめないで。

取材年月日:
2015年12月21日