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道北

株式会社丸タ田中青果 代表取締役  田中 和子さん

母から伝承されたふるさとの味を笑顔で提供

1937年生まれ、増毛町出身。1955年に、留萌市で青果店を営む夫の常男さんに嫁ぐ。看板商品の「やん衆にしん漬け」は、独自の製法でにしんと野菜の旨みを逃すことなく凝縮し、道内を始め道外の物産展でも絶大な人気を集める感動の一品。

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きっかけ
 18歳の時に増毛町から嫁いできました。「果物が好きなのでいいかな」ぐらいの気持ちでしたが、商売なんて全く知りません。当時は野菜や果物を入れたかごを背負って、近所に御用聞きに行き、車に乗って遠くは稚内市まで行きました。にしん漬けは、40年ほど前から始めました。私の母・ハマが地元では漬物名人と呼ばれていて「漬物をやりなさい、絶対に売れるから」と言われたことがきっかけです。夫の常男が母の元で修行し、販売を始めました。今では店の主力商品です。母の味が皆さんに喜ばれることは、娘として何よりも嬉しいですね。
苦労
 若いころはとにかく忙しかったですよ。休みは正月とお産の時だけ。寒い中、リンゴを売っていると手があかぎれになって痛くて。でもね、お客さんの所に行くと「ああ、田中さんのお嫁さんかい、よく来たね。暖まっていきなさい」と歓迎してくれます。あかぎれの手を見て「かわいそうに。この薬を使いなさい」と手を握ってくれました。本当に心の温かい方が多く、どの方も優しい言葉をかけてくれました。慣れない仕事で不安だらけだったけど、たくさんの人に支えられ励まされてきました。感謝の気持ちで一杯です。
満足度
 1998年に夫が亡くなりました。市議を3期務め、町内会の会長も18年間続けるなど、公私ともに忙しい人でした。人とにぎやかに過ごすことが好きな人で、飲みに行くといつも誰かを連れて帰ってきましたね。病気になって亡くなる時に「本当に苦労をかけたな、すまんな」と言いましたけど、私は幸せでしたよ。2007年に建てた今の社屋を見せてあげることが出来なかったのは残念ですが、息子の考えで、少しでも駅前が賑わうように、と屋上を住民の方に開放して楽しく過ごしていただいています。夫も天国からそれを眺めて喜んでいるでしょう。
これから
 今の店は長女が花と果物、長男が漬物を担当しています。それぞれ夫と妻がいて、孫も4人になりました。長男の嫁は世界一の嫁ですよ。彼女が作ったピクルスは、北海道が主催する「北のハイグレード食品+2014」にも選ばれました。ニシン漬けと並ぶ看板商品です。家族がみんなで店をもり立ててくれます。私もまもなく80歳。最後の願いは古くなった漬物工場を新しくすること。これが完成したら、にっこりと笑って悔いなく人生を終えることができそうです。あと少しがんばってみますね。
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北の☆女性たちへのメッセージ

生きていれば苦しい時やつらいことがあるでしょう。でも、暗い顔ばかりしていてはだめ。せっかくの幸せが逃げてしまうから。にっこりと笑顔を見せて、人に優しくしていれば、幸せは必ず自分に返ってきますよ。苦労は決して無駄にはならないからね。

取材年月日:
2016年2月12日